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地方が面白くないって誰が言った? 飲食で変わる地方の未来④ 地方創生とバッドロケーション戦略〜古い建物の価値を見いだして


この記事は弊社代表・佐藤による時事通信社「地方行政」誌2020年8月17日号への寄稿の記事転載となります。



バッドロケーション戦略って!?

 我々バルニバービが標榜している事業方針の一つに「バッドロケーション戦略」というものがあります
 最初から予めそういう方針に則って進めてきたわけではなく、振り返るとそういうことだよねと、2014年あたりから使い始めています。
 全くの僻地や過疎地とまではいかなくとも、人通りや街の流れからは外れている少し寂れたエリアを表現する我々のオリジナルのフレーズです。
 皆さんからの理解を得やすいように「世間一般から見ると悪い(Badな)ロケーションだが、我々の目線で見ると魅力ある(Goodな)物件」という説明を付けています。友人であるPR会社の社長が、我々の上場準備期にIR(投資家向け広報)表現の一つとして考えてくれました。それはまさしく第1回(6月1日号)で書いた、1号店の出店場所、大阪市・南船場そのものです。
 我々が、そんなエリア・物件を、最初の立ち上げの地として選んだ第一要因は経済条件の低さでしたが、結果として想定外のメリットとしてさまざまな副産物が手に入ることにもなりました。
 そして、それらのことは、次回で詳細に触れる地方創生プロジェクトとして約2・5ヘクタールの淡路島(兵庫県)における、超バッドロケーションでの開発を行う自信につながりました。そういった意味でも我々の「バッドロケーション戦略」を見ていただくことにより、地方創生へのプロセスの参考になるのではと考え、今回はさまざまな例をページの許す限り写真も含め挙げていきたいと思います。



大津駅どうでしょう?

 第2回(7月13日号)で少し触れた大津駅ビルの開発を、まず最初に見ていきましょう。
 先の原稿ではこう書いています。「何だか懐かしい気持ちが胸に込み上げてきました。幼い頃の原風景です。この街は生きている。県庁所在地の快速・新快速も停車するJRのメイン駅の一つにもかかわらず、閑散として開発も滞りがちであった駅ビルから、少し離れたその街角で見つけた生活の息吹と温かさは、この街の可能性をギャップと共に感じた瞬間でした。大げさではなく、その瞬間に大津駅の物件への想いが生まれました。今は静かでも街は死んでいないのだと」。
 JR西日本創造本部の担当者から、約6年前に話を頂きました。
 JR京都駅から、電車でわずか2駅、10分足らずの大津駅は、京都で生まれ育った僕にとっては本来馴染みがあっても不思議ではないはずでした。しかし話を伺いながら、いくら思い返そうとしても大津駅の印象が思い浮かばないのです。駅に降り立った記憶がない。当然駅前の風景もまったく想像がつきません。しかし、県庁所在地の駅にもかかわらず寂れているということと、2階フロア250坪を全部一括で使えるということを含め、興味をそそられた僕は早速現地に足を運びました。
 そしてそこは想像以上に寂れていました......。新たなるバッドロケーション......。2014年のことです。
 ご多分に漏れず、駅前にはどこかで見たことのる居酒屋チェーンの店とコンビニエンスストア。マンションへの建て替えが決まっていた地元の大手百貨店は、取り壊しまで何とか体裁だけで営業中。1時間に往復で10本近くある電車の到着後、駅に降り立った人はそそくさと帰路に就き、数分で人は見当たらなくなる。そんな感じでした。
 これまでも書いているように、「現在の姿は過去の姿」です。これから創っていく未来には関係ありません。まずは物件内見の前に周辺を歩き回りました。地図も見ずただ足の向くまま、気の向くまま......。そして先述の「街は死んでいない」という感覚を掴つかんだ僕はさらに歩き回り、地元密着の繁盛している店舗や珍しい鰹節専門店、酒蔵が徒歩圏内で多数存在することを確認しました。そして最後は駅から1キロで琵琶湖畔へ。日本最大の湖の見晴らしはやはり壮観です。周辺環境は何の問題もありません。
 いよいよ物件です。当該物件は、直近では待機児童向け対策として行政が使用していたのが最後で、待機児童ゼロ達成後、役目を終えた状態でした。一見、味もそっけもない物件ですが、僕たちの視線では数々の魅力が見えてきます。物件の窓から駅のプラットホームが見渡せる(ホームも物件も2階フロア相当です)と同時に、ホームからも物件が見え、屋外スペースが広い(約200坪ありビル開業以来、商用としては一切使用されていない)。その屋外スペースを囲うように植栽されているのは桜。線路に沿って造られた建物は個性的な超横長(テラスの端からだと全長50メートル以上あります)で、オリジナルな区画になっている。いつものように妄想は膨らみます。その日のうちに、JR側には「前向きで」とお伝えしたと思います。
 そこからの店づくりのプロセスは紙面の都合上、割愛しますが、2年後の2016年秋に無事開業を迎えました。

写真1 大津市「ザ・カレンダー」のテラス席

 ここで、第2回で述べたギャップに関するエピソードを一つ。開業以来大盛況となったことにより、地元の経済団体からセミナーの依頼がきます。お引き受けし、伺った当日、地元財界の重鎮でありその団体の副会頭の方が開会の挨拶で「どうせあんな古ビル、建て替えもしなければ何やってもアキマヘン(関西弁で駄目の意味)ねんから話を早めに終わってください。次にまだ別の会があるんで」......。衝撃的なウエルカムスピーチでした。しかしもちろん、そんなことで話を端折ったり怯んだりするわけはありません。思うこと、取り組み方、目指していることを規定の時間ちょうどまで思うまま話をさせていただきました。そうすると、先ほどの重鎮が会の締めで「感激した! エライスンマセンでした。いやー面白い話だし、興味と希望を持ちました。きょう最終(電車)ででも早速その店、見に行きます」と言ってくれたのです! その日からその方は僕の大津での一番の心強い良き相談相手であり、頼りにさせていただく方となりました。やはり諦めモードの地元の方には、見えないことが余所者には見えるのです。隣接する観光案内所運営もコンペティションにより勝ち取り、結果テラスでBBQ(バーベキュー)もできる室内込み250席以上のレストランカフェは、より地域振興の意味合いを持つことになります。


攻める観光案内所とは?

 そして、その観光案内所が思わぬ副産物を生むことになります。
 公共の観光案内所ですから、基本的に商行為はできません。来訪者に対する観光スポットの案内や、宿泊施設の紹介がメイン業務です。しかし、我々が担当する限りそこにとどまることはできません。もっと大津を! 滋賀を! 知ってもらい、楽しんでもらおう! そういう内容でコンペを勝ち抜いたのですから。
 多くの駅にある公共観光案内所は、本当に面白くありません。面白くする必要性を運営者サイドは誰も感じていないからです。パンフレットを置いているだけ、来訪者に聞かれたことだけをマニュアルに沿って調べてあげる。そんな施設がほとんどではないでしょうか? そんなサービス内容なら、インターネット社会においてはむしろ無用の長物でさえあります。スマートフォンで調べた方がタイムリーな情報を得ることができるのですから。この冊子を読まれている各地方行政下の観光案内所はいかがですか? もうやめましょう、そんな税金の無駄遣いは!
 地域振興・活性化につながる、役立つ、攻める観光案内所に少しでも近づくよう、我々なりに取り組みました。
 それは大きく三つです。
 「デザイン性もあり興味を持ってもらえるインテリア・環境計画」
 「地域の方々を巻き込んだ情報発信と地域活性化イベント」
 「パンフレットだけではない特産物の販売」
 上記のうち最後の項目ではひと悶着ありました。公共で予算が付いて運営している施設で、商行為はまかりならんということを行政サイドから言われました。しかし「駅ビルにある観光案内所で、お土産を来訪者は買いたいでしょう?」という問い掛けに、「それはそうだが利潤行為はダメだ」ということでした。利益なしならいいということですよね。それでは、その在庫リスクや増える手間はどう解消しますか? 会計処理は? 結果やらない方がこちら(運営サイド)も楽でいいということになりませんか? 税法上商行為ではない......つまりスルーでの金銭の授受はどう取り扱えばよいのでしょうか? の問い掛けに、結果として理解を頂き、利益なしに近い形でならということで、15%のみのマージン設定にて販売を承認してもらいました。もちろん、我々も利益目的ではありません。
 そしてこれが先ほど述べた、大きな副産物を生むことになるのです。
 さまざまな特産物の製造業者・販売者へ、アプローチを始めました。大津駅で商品を売ってみませんか? と。そして、多くの業者さんに出会いました。その中でも、酒蔵さんとの出会いが面白いものでした。
 地方のよくあるパターンなのでしょうが、派閥というかチームが存在することが分かりました。「どこそこが出るなら、うちはやりません」というような......。それを我々の観光案内所スタッフは根気よく、大津のため滋賀のため来訪者のためという趣旨を説明して回りました。結果として、ほぼ全ての酒蔵さんの協力を頂き、その他の地元生産者さんとの連携を含め新しいスタートを切ることができました。それは飲食業を営む我々の本業においても、酒蔵さんとの情報交流や大きな信頼関係構築という思わぬ副産物であり、役所の熱い思いを持った職員の方々と進められた結果でもあります。
  地方の公務員はお役所仕事しかしない......などといわれることがありますがトンデモナイ‼ 彼らは優秀です。若く、やる気を持った職員は大勢います。頑張るきっかけやチームがないだけです。ほんの少し我々民間が足を踏み出せば、彼らは動いてくれます。しばらくすれば、むしろ我々が追い立てられます。
 そんなふうに進んだプロジェクトは、イベントとしてこういうものも生みました。「アキサイ」......これは秋の祭りと近江商人(アキンド)を掛けたイベントです。春に行う「キンマイ」......これは滋賀県の昔の方言で「素晴らしいこと」を金米(金色の米のような優れた)と表現したことに由来して命名したイベントです。これらは駅前広場を使って開催し、地元業者の方々のマルシェや屋台、江州音頭の演舞、地域で使える商品券や地元の特産品が当たるじゃんけん大会は、市長自ら市民と行ってくださったり......。本当に盛り上がるイベントになりました。大津駅周辺の活性化の歩みだしです。ぜひ一度大津に足を運んで、見て、その空気を感じてください。



京都北山エリアはバブルの夢の跡? 公募条件の在り方

京都市の北に位置する北山通り沿いに、京都府立植物園があります。2011年ごろ、京都府の幹部の方からの面談依頼がありました。「知事の思いとして日本初の公立植物園という歴史ある園の一角に、賑わい施設(飲食店舗)を造ることにより『再びの活性化』と『夜間の暗さ(第2回で書いた観光施設の夜間の暗さは怖さにつながること)と遮断された囲いによる治安の悪さの解消』を図りたいと、事業者公募をかけたのだが1社も応募がなかった。何故なのかについて、飲食業者の立場と、以前は暗く決して治安も良くなかった大阪市の中之島公園にPFI(民間資金活用による社会資本整備)で出店している立場の両面から、意見を聞かせてほしい」というものでした。
 僕はピンときました。植物園のある北山通りはバブル期には賑わったものの、今や商業エリアとしては取り残されてバッドロケーション化しており、ましてや夜間に営業を行っていない植物園の一角での飲食店舗募集には、手が挙がらなかったのだろうと。
 また公募条件も見せていただき、PFIで自ら投資を行う民間事業者の意向や状況を鑑みていない条件が幾つかあることも指摘させていただきました。例えば数千万円投資するにもかかわらず、契約年数が短ければ出店が難しいというのは、当たり前の話です。継続可能という条件が併記されていることも多いですが、多くは事業継続が担保されているわけではありません。こんなことでは民間は投資できません。
 僕なりの見解を思うまま述べさせていただき、数カ所の募集条件の変更を役所が追加した上で、再度公募の段取りとなりました。最終的に、我々を含む複数社の応募があり、我が社がコンペを勝ち抜き出店となりました。まさしく緑の中のレストラン「インザグリーン」として、2013年の開業以来繁盛しており、北山通りの賑わいを含め地域活性化に些かでも寄与できていると自負しています。



産官学連携プロジェクトは鹿児島県鹿屋市

今から十数年前、食材の仕入れを通じ鹿児島県鹿屋市との関係が生まれました。市のかのやブランド推進協議会および鹿屋大隅地域おこし公社を中心とした地元チームと組んで、食材と鹿児島の郷土料理店の域外出店による地域活性化プロジェクトを共同で推進しました。2年間で3軒の鹿児島鹿屋料理の居酒屋を大阪と東京にオープンしました。地元鹿屋市にもカフェをプロデュースするなど、緊密な関係を築いていました。
 10年ほど続く蜜月関係の中、国立の唯一の体育系単科大学である鹿屋体育大を加え、3者で産官学連携プロジェクトにしませんかということで進めた企画は「鹿屋アスリート食堂」。大学はスポーツ栄養学に則ったメニューを提案、行政は地域の生産者を巻き込み、そして我々は地元、それも大学の隣接地に投資し学生に特別価格で健康食を提供する店を立ち上げ、運営まで行うというものでした。人口10万人ほどの街で、かつ中心地から離れたキャンパスの近く。完全なるバッドロケーションです。およそ事業として成立する要素は見当たりません。
 しかし、我々はそこを研究開発本部とすることで経済効率から距離を置き、東京都内に同じくアスリート食堂を開店していくことでフォローするというスキーム(体系)を組み立てました。と同時に、奨学金制度を立ち上げて学生の中のオリンピック候補2人をサポートし、うち一人は見事リオデジャネイロ五輪に自転車競技で出場してくれました。
 こんな地域再生もあるのです。


写真2 鹿屋アスリート食堂研究開発本部オープン日の様子
(左から2人目がリオ五輪自転車競技代表の塚越さくら選手)



古い建物の価値を見いだして その1〜文京区の印刷工場跡

東京都文京区小石川に、我々のスイーツ部門の本部があります。一方通行の狭い道に面した2階建て延べ床面積約380坪の物件は、印刷工場跡でした。
 1階は天井も高く、元々大きな輪転機による印刷スペースだったものを、ケーキ工場とオフィスに、2階のフィルム版を作るスペースとベランダを、ガーデンピッツェリア「青いナポリ」として使用しています。ご存じの通り、文京区小石川エリアは「本の街」神保町の隣の一つで、印刷工場の多いエリアです。共同印刷の本社も小石川です。
 住宅としての需要の高い教育エリア文京区にある築40年以上、2階建ての古い、いったん役目を終えた建物付き300坪以上の底地はマンション用地として最適です。それを大家さんがもっと面白い使い方ができないかということで、我々に賃借してくれることになりました。その後、小石川の新しい名所として、もう10年以上営業を続け、地域に根差した店の一つとなっています。



写真3 文京区小石川「青いナポリ」改装後(写真上=改装前)



古い建物の価値を見いだして その2〜廃業した蕎麦店とガレージ跡

東京都足立区はタレントのビートたけしさんの生まれ故郷でもあり、治安が悪いとか暴走族が多いとか冗談めかして語られることの多い区です。僕自身は、物件内見以前から隅田川ランニングコースの一番上流のエリアとして、荒川区の南千住エリアから足立区の千住エリアをランニングしていました。そして足立区最大のターミナル北千住駅界隈も、独特の風情で大好きでした。その中で、築30年以上の「蕎麦店跡地」の物件が墨堤通り沿いに出てきました。
 それも独特です。蕎麦店・中庭・ガレージと三つのエリアに分かれた間口の広い物件です。
  素晴らしい歴史的建造物はもちろんリノベーションしがいがありますが、このようなさりげない街の物件もその魅力を引き出すプランを描ければ捨てたものではありません。



写真4 足立区「SLOW JET COFFEE」改装後(写真上=改装前)