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地方が面白くないって誰が言った?飲食で変わる地方の未来②〜乗り越えていくべき、すぐそこにあるギャップ〜


この記事は弊社代表・佐藤による時事通信社「地方行政」誌2020年7月13日号への寄稿の記事転載となります。



真面目にコツコツとでは説明になりません

 連載2回目、1カ月以上のインターバルですので前回(6月1日号)のおさらいを軽く......。 「阪神淡路大震災での炊き出しがきっかけで飲食業をスタート、現在、日本各地の独特のエリアに出店を行ってきた我々の1号店。2等立地とも3等立地ともいわれたロケーションでの店舗オープンという考え方は、まさしくこれからの地方再生、且つ新型コロナウイルス感染症後の時代(ポストコロナの時代)ともリンクするのではないだろうか?」というところまで述べました。

 そして1号店が動きだし繁盛の兆しが見え、街が蠢きだしたところから今回に入ります。

 大阪の少しばかり忘れられていた街「南船場」の1号店は開業後半年でブレークし、繁盛が繁盛呼びメディアに取り上げられ、認知度が高まりさらに繁盛する正の循環。「行列の絶えない店」「大阪で一番の繁盛店!」「街の流れを変えるカフェ」と、面はゆいくらいの褒め言葉を頂きました。
 それこそ台風の直撃か、サッカー・ワールドカ ップの予選(日本代表が史上初のW杯出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」の前年1996年のことです)のテレビ中継でもない限り、連日満席でウエーティングの状況でした。
 一般的に飲食店の成功要因は「味」「接客」「価格」「雰囲気」「立地」...。これらが要素である ということは周知の通りです。そして同義として我々なりにこう表現しています。

 「より美味しいものを、より楽しく、より健康に、より安く食していただくための最大限の努力をする」と。

 これらに関して、我々はもちろん全力を尽くしていましたが、言ってみればそれは誰もが口にする当たり前のことであり、圧倒的な差別化要因、つまり勝因となる強力なファクターではありませんでした。
 具体例で言うと「日本一の○○賞を取ったシェフ」とか「世界的に有名な俳優が一番のお気に入りの朝食の店」「内装には何億円掛かって......」 というような、分かりやすいタイトルはなかった という意味です。
 にもかかわらず、僅か開業半年で月商1000万円を超え、2年目には年商2億円、営業利益4000万円を生み出すことになった要因はなんだったのでしょうか? 「真面目にコツコツと」では説明になりませんし、「地方で稼ぐ」の文脈につながりません

 ここで前回の記事を一度振り返りましょう。

 我々の出店エリアは「当時はひっそりとたたずむ少し寂れたオフィス街となっていた。」と書きました。そうです。その地は多くの店が軒を連ねるような繁華街ではなく「ひっそりと佇み少し寂れた」エリアだったのです。
 「まさか今どき(バブルは終わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件などの起こった頃でもあったのですから)こんな場所で飲食店を始める奴なんていないだろう」というのが一般的な考えです。



あのエリアでそんなはずはない?

 繁華街のど真ん中に新店がオープンすることは、普通というかよくあることですよね。
 しかし「自分が寂れていると認識しているエリアに店ができた」と聞けば、何かしら心が微妙に動くのではないでしょうか? しかも「行列が絶えないなんて......」。そこには人々の興味を喚起する何かがありますよね。「あのエリアでそんなはずはない! ちょっとのぞいてみるか」「ありきたりのデートに飽きているであろう彼女にちょっとしたサプライズ」「なぜあの場所で?」。これらの感覚は、全て自らの想像やイメージとのギャップから生じているものです。

 逆にいうと「都会の中心の1等立地で有名なシェフの店が繁盛している」というのであれば、さもありなんでしょうから、そこにギャップは存在せず、順当な評価や納得こそあれ、その出店自体からはそこまでの大きな感動や話題性は生まれません。

このギャップこそが、先述した当たり前に飲食事業者がする努力を、無限大のパワーでアシストしてくれたのです。


人の感動や行動の動機付けはギャップから生まれるのではないだろうか?

 僕はこれからの地方再生に必要とされるのは、そこに存在する(であろう)ギャップを探り当てそこを乗り越え、認識を逆転できるだけのオリジナルな施策を打てることだと考えています。

 「『繁栄する(と思われてきた)都会』と『衰退する(と思われている)地方』という国全体の図式」と「『県庁所在地の中心エリア』と『取り残されつつある、それ以外の周辺部』という各自治体内に見られる個別の図式」の双方においてのギャップに怯えることなく取り組むことこそが、ポストコロナをも踏まえた上での東京一極集中からの脱却につながり、地方が輝く可能性にもつながるのだという認識です。そして僕自身は飲食業を通してそこに取り組んできました。

 人は元来「見えるもの」「存在するもの」でしか判断をしません。当たり前ですよね。ありもしない妄想で問題が解決することはありませんし、現実の判断はできません。例えるなら、現在のコロナ問題の解決策を「コロナ対策なんて簡単さ! ワクチンや特効薬を打てばいいのさ」と、存在してもいないものに求めるようなものです。けれどそれでは議論は成立しません。ないものを仮に存在したとしてのシミュレーションは必要ではありますが、そのまま前提条件として押し進めることは不可能です。

 けれど我々は、店というもので自ら賑わいを生むことができ、それによって妄想を現実にすることができるのです。
 私の初めての書籍「一杯のカフェの力を信じますか?」では、一軒のカフェが街を変えてゆくさまを一冊にまとめてみました。

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写真1 「一杯のカフェの力を信じますか?」の表紙

 だからこそ、我々は「現在は人がいない街」であったとしても、その中に潜む魅力を見いだし得るのならば、開発することは逆に大きなインパクトを持ち、話題となり成功へのチャンスが存在するのだと考えています。

 南船場の我々の1号店は、関西弁で言う「そんなアホな!」というギャップ(既成概念との乖離)を乗り越え、妄想を現実にし、出現した店だったのです。

 ただこうして振り返ると自信満々に事を進めてきたかのようですが、物件に出会ってから契約に至るまでに多くの知人・友人にヒアリングし、契約後は工事期間中に現場まで皆に足を運んでもらい、構想の話をする度場まで皆に足を運んでもら定的な意見しか聞こえてきませんでした。
 「こんな人のいない場所で、いくら資金が少ないとはいえダメだよ」「佐藤ちゃん! 悪いことは言わないからやめとき!」。つまり、存在しないものをベースに判断すれば当然の意見です。
 ここで現在、地方再生に取り組まれている方にお伝えします。「そのような(普通のまともな)考え方では、新たなナニモノかを生み出すことはできない」ということを。

 小見出しに書いた「人の感動や行動の動機付けはギャップから生まれる」が正しいとするならば、存在しないものを生み出すギャップを乗り越えることにチャレンジしなければ、現状を打破することはできませんし、一般論としての地方の衰退というご多聞に漏れない状況にしかならないということです。



もう3Mはやめましょう

 事実、店が繁盛し始めたオープン3〜5カ月後に、人々の意見は逆転します。

 「いい場所見つけたね」「人通りも少なくて(笑)ゆったりとしたカフェには最適だね」「家賃も安くていいよね!」......。家賃が安いからこそスペースに余裕があり、今ならそれこそ「フィジカルディスタンス確保が十分できるね」とでも言われるのでしょうか?

 店が繁盛しているという現実を見た瞬間から、人々の心のギャップは埋まり、評価や意見は百八十度変わったのです。
 表面的な現在の姿だけに囚われることはやめましょう。その場所や物件、もっというと歴史や風土の持つ少しだけ忘れられてしまった力を掘り起こし、新たな解釈を付加し生み出すのです。

 ギャップを乗り越えるには勇気が要ります。一見正しいプロセスに見える、多数決でのプロジェクト推進のような形では結果、前回に書いた三つのM「ミーン(平均値)、モード(最頻値)、メジアン(中央値)」で導かれた、ありきたりな内容のプロジェクトにしかなり得ないのです。もう3Mはやめましょう!



多くの地方再生...「本音を言えば面白くない!!」

 地方再生、地域活性化の必要性が唱えられ幾年月......。多額のコストを掛けさまざまな手法、施策が進められてきました。

 多くの地方においての成功例、そして進行中の案件があることを承知した上で
 「それらはそれぞれの地域に根差し、住民の本音と共にあるのだろうか?」
 「何かが足りないのではないだろうか?」
 「どこか補助金頼みのものになっていないのだろうか?」
そんな思いが時に胸に浮かびます。

 一言「本音を言えば面白くない‼」ということに集約されるのではないでしょうか?
 人は集い、笑い、食し、住まい、恋をし、家庭を築き、子どもを育み、未来を見詰める。
 そんなことを忘れ、本当のえぐったような人の思いを見詰めず、表面的な合意で形を整えようとした結果、その多くは人の思いに届かない、もしくは一瞬の開業時しか心を掴めないものとなっている気がしてなりません。

 高齢化、人口減、限界集落、社会インフラの耐久性、自然災害リスク、地域コミュニティーの崩壊......。聞こえてくるネガティブなファクター......。そんな中、生活基盤である「食べる」ということを、具体的に店舗からさまざまな形で発信できる我々飲食従事者の果たせる役割は大きいのではないでしょうか?
 日本の各地方それぞれの持つ、もしくは忘れられている能力を見詰め直し、その街にしかないギャップを探り当て、最高の魅力あるプロジェクトを「食」を中心として創り出し、それが結果、新しいまちおこしとなり、エリアの創生・再生の一助につながるのではないかと僕は思っているのです。



なぜ地方は面白くないといわれるのか?その1〜夜が面白くない〜

 観光地として賑わっているエリアでさえ、昼間は観光資源(神社仏閣・歴史的建造物や公共施設、公園・絶景)をベースに大繁盛しているにもかかわらず、夜になると人がいなくなるという様子が多く見られます。ましてや、住まう人が増えることなど考えられず、域内人口は減る一方。

 それはなぜなのでしょうか?

 僕はこう考えます。〝夜が暗く、むしろ怖い=夜が面白くない〟からだと。

 海、湖、川等の水辺、森、神社仏閣、公園、美術館。近年、国や自治体はそれらを観光資源と捉え、PPP(官民連携)・PFI(民間資金活用による社会資本整備)等を利用して企業を巻き込み活性化を進めてきました。もちろんこれは間違ってはいません。しかし、ここで考えてください。

 これらの場所の夜って......、ごく一部の期間のライトアップ、夜間営業、ナイトイベント等を活用することもありますが、その大半は夜になれば暗く、足を踏み入れたい場所ではなくなり、むしろそれが怖い場所となります。そして、そんなエリア周辺には夜間楽しめる施設もできないし結果、宿泊や滞在をしたくないということにつながります。ましてや、これからの日本の未来を担う若者や、働き盛りの壮年、パワフルなシルバーエイジ、彼らが夜のつまらない街に住みたいでしょうか?

 今回のコロナにより、深夜における活動は些かネガティブになっていくでしょうけれど、真夏でも午後7時すぎ、冬季であれば午後5時にもなれば暗くなります。一日の半分を占めるその時間帯が面白くないということが、そのエリアの評価を決定する大きな要素になることは明白です。地方再生に取り組む際に、ここを蔑ろにしてしまっては「その街は結局面白くない」と、人に感じられてしまいます。
 夜を面白くするということは単に夜の店、バーやスナック、カラオケがあればいいというわけではありません。

 夜とは「アフター5」と同義語です。つまり生活人にとってのオフの時間帯なのです。仕事が終わり「私」に戻った時間帯に面白いコトが(少)ない......これではダメです!

 そこに住まう人自身が楽しくなくて、どうして外から人を招き呼び寄せられるのでしょうか?
 観光資源の、見学ツアーという大型バスで来て数時間そこそこで去って行くようなことの繰り返しでは、その街は本当の意味では盛り上がらないのです。
 食の立場で言えば、家族を連れて行ける美味しくて少し遅めの時間まで開いている、お手頃なレストランやカフェは社会インフラです。観光客向けの、数をさばく昼間だけ営業の店ではダメなのです。



なぜ地方は面白くないといわれるのか?その2〜商店街が生きていた頃の街は面白かった〜

 生活を踏まえた日常の面白くなさという意味で、こういう例を見てみましょう。
 以前、日本に多く存在した商店街もだんだん廃れていき、スーパーやコンビニエンスストアに取って代わられました。僕はその要因の一つに、商店街の商人のサラリーマン化があるのではないかと思っています。単に物を買うだけなら品揃えが良く、駐車場完備の大きな施設の方が楽ですし、生活必需品なら時間開いているコンビニエンスストアほど文字通り便利なものはありません。けれど、旧来の商店街にはそれらを超える魅力がありました。

 何よりそこでは、人と人とのコミュニケーションが存在したのです。

 僕は、京都市・西陣の西側の古い商店街にある小さな菓子店の息子として生まれました。西陣織等着物産業が盛んだった昭和の半ばまでは大層活気があり、夕方には人混みで歩けないくらいの賑わいでした。また歩道には床几が並べられ、商店のご隠居さんが近所の子どもたちの遊ぶさまを優しく厳しく見守り、遊んでくれたり、時に焼き芋を焼いてくれたりしました。夏の宵の口ともなればうちわで夕涼みがてら井戸端会議。そんな風景が街の彩りであり、地域コミュニティーとして存在しました。

 けれどその商店主たちの次世代になると、しっかり稼ぎ、郊外に庭のある一軒家を購入し、職場としての店に通勤するようになり、そのコミュニティーは次第に弱体化していきます。今までなら、風邪を引いた子どもの親は真夜中でも近所の薬局のシャッターを叩き、パジャマ姿の店主は風邪薬を棚から取り出してくれました。「ごめんね夜遅くに」「問題ないよ‼ どう? 息子さん大丈夫?」と言葉を交わし、翌朝にはお礼に訪れ、病院での情報を交換します。
 つまり人と人の本来の生活(コミュニケーション)が、その商店街には存在したのです。

 けれど、夕暮れになり店じまいをして郊外の住まいに店主が帰宅するようになると、そんなコミュニケーションは取れなくなります。仕方なく深夜営業のチェーン店のドラッグストアに足を運ばざるを得なくなるのです。夜とは、オフタイムの人々の暮らしぶりも意味するのです。そして、このコミュニティー崩壊により、街は面白さを失っていきました。

 次回以降に触れますが、大津市のJR大津駅ビルに今から3年半前に出店を決めた時のことです。
 決して商業的に簡単な場所ではないといわれていた、380坪の大型物件に出店を決めた要因の一つにこういうことがありました。

大津駅前
写真2 大津駅前(弊社出店前)

 物件内見に訪れた日、その街の空気を感じようとただ勘だけを頼りに大津駅周辺を彷徨し、駅前からそう遠くはないエリアで、とある商店街に出くわしました。ちょうど昼食の時間帯「漬物屋さんの店先で近所のお店の方々が数人、お総菜を持ち寄り腰掛け、店番をしながら談笑し、食事をしている」という、コンビニやチェーン店では考えられないシーンを目にした僕は、店前で漬物を買うふりをしながら、しばしその場を離れることができませんでした。

 何だか懐かしい気持ちが込み上げてきました。幼い頃の原風景です。この街は生きている。

大津の漬物屋さん
写真3 大津の漬物屋さん

 県庁所在地の快速・新快速も停車するJRのメイン駅の一つにもかかわらず、閑散として開発も滞りがちであった駅ビルから、少し離れたその街角で見つけた生活の息吹と温かさは、この街の可能性をギャップと共に感じた瞬間でした。大げさではなく、その瞬間に大津駅の物件への想いが生まれました。今は静かでも街は死んでいないのだと。

 次回は「なぜ地方は面白くないといわれるのか? その3」と、いよいよさまざまな街でギャップを乗り越え、我々なりに進んできた具体的なプロジェクトの概要を書いていきます!